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追悼!ジャッキー吉川との思い出 ~僕がブルーコメッツに入るまで~

目次

ジャッキー吉川との出会い

巨大ドラムセット

僕が初めてジャッキーさんと会ったのは、今から40年以上も前のことです。

僕が平尾先生のタレントスクールで勉強後、名古屋のコーラスバンドのボーカルとして歌っていた頃のことです。

その日は月1回あるキャバレーのビッグショーのゲストとして「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」が来た時でした。
僕たちが歌っているステージの前に陣取った巨大ドラムセット、とても印象的でした。

ドラムセットの上に置かれたドラムスティックは、まるですりこぎのように太いものでした。

そのスティックから響き渡るドラムの音はとてもパワフルで心が騒ぎました。

深夜のホストクラブ

最初の出会いから少し経った頃、ジャッキーさんとの2回目の出会いがありました。

その頃僕が毎日歌っていた深夜のホストクラブのゲストとしてやってきた時です。

この時のドラムセットは、僕のバンドのリーダーのものでした。
狭いステージの上にたくさんのタムタムで反り立ったドラムセットに、ジャッキーさんも少し驚きの様子でした。
後にジャッキーさんもそのことを覚えていて、「あのドラムセットは、秋田の竿灯のようだったね」と述懐していました。

現場マネージャーとして

ある日東京の知り合いの事務所の社長から、「今度そちらの方でイベントを開催するけど、人手が足りないのでタレントさんを現地まで引率する現場マネージャーをやってくれないか」と電話がありました。

面白そうだったのでその仕事を引き受けることにしました。

イベント当日、名古屋駅の新幹線ホームまでタレントさんを迎えにいきました。

到着した新幹線から降りてきたのが、ジャッキー吉川とブルーコメッツのメンバーでした。

ジャッキーさんと3回目の出会いでした。

不思議な縁

イベントが終了し、ブルーコメッツを始め引率したタレントさん達を名古屋駅まで送り届ける電車の中の話です。

たまたまブルーコメッツのマネージャーとマネージャーの友人と同席になりました。

電車の中ではマネージャーと友人が話をしている位で、僕は特にその中に入って話をする訳ではありませんでした。

電車が名古屋駅に着き、無事タレントさん達を新幹線に乗せ僕の仕事は終わりました。

帰り際名古屋駅で一緒に降りたマネージャーの友人の方が声をかけてくれました。

「せっかく出会ったので、今度一緒に飲みにいきませんか」と。

その話から色々話をすると、何と偶然にも僕が平尾先生のスクールに通っていた時の担当の先生とその方が知り合いだったのです。

そんな訳で、担当の先生がやっているお店に一緒に行く約束をしました。

ブルーコメッツのボーカル

何日か経ちそのお店に一緒に飲みに行きました。

先生とも久しぶりに会うことができ、とても楽しい時間を過ごしていました。

そんな時です。一緒に行った方が「あなた、ブルーコメッツのボーカルやらない?」と聞いてきたのです。

突然のことで僕はびっくりしました。

聞くところによると、今のボーカルにジャッキーさんが満足していなくて、新しいボーカルを探している最中とのことでした。

ブルーコメッツのオーディション

そんな不思議な縁があり、僕は東京へブルーコメッツのオーディションに向かいました。

ジャッキーさんとの4度目の出会いです。

ジャッキーさんは、「ユーのこと覚えているよ。名古屋駅に俺たちのこと迎えに来てくれたよね。タレント性がある子だなと思って見てたよ」と声をかけてくれました。

他にもオーディションを受ける人もいました。
何曲か歌い、その日はそのまま名古屋に帰りました。

ブルーコメッツのボーカルとして

何日かしてブルーコメッツのマネージャーから電話がありました。

「君を正式にブルーコメッツのボーカルとしてお願いしたい」との内容でした。

後から聞いた話でしたが、オーディションにはかなりの人数の応募があったそうです。

これまで名古屋のハウスバンドのボーカルとして歌っていました。
いつかは大きな舞台に立って、いっぱいのお客様の前で思いっきり歌ってみたいという夢がありました。

その夢が叶う時が来たのです。

僕が30歳になる春のことです。

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